『将来はオリンピック選手になって、メダルを獲得して欲しい』
子供にフェンシングを習わせたい、もしくは習わせている人の中には、そう願う方も少なくないだろう。
2012年のロンドンオリンピックにて、銀メダルを獲得した三宅 諒選手(以下、三宅選手)の父、正博氏は『子供がフェンシングに興味をもったら、本人と親の覚悟が必要になります』と語る。
メダリストを育てた裏では、どのような苦労があったのか。正博氏の体験談を交えながら、子供にフェンシングをさせる時に意識すべきことについてお話しいただいた。
この記事は2019年12月に行ったインタビューを元に作成している。本来であればもっと早い段階で公開する予定だったが、筆者の都合によりこの時期に記事として出すことになった。
目次
きっかけは子供がフェンシングをやりたいと言い始めたことだった
だから動機としては水泳を辞めるのが理由だったんですけど、フェンシングって何かよくわからない時代だったから、最初はダメだと言いました。
しかし、諒がそこから半年間『フェンシングやりたい!』って言い続けたんです。じゃあわかったと。”始めたら辞めさせない”という条件つきで、始めさせることにしました。
昔と違って、今のフェンシング界は道具に恵まれている
剣が重いと、子供が剣を扱いきれずに大きく振ってしまうため、細かな剣さばきができません。それに比べて今の子たちは自分に適した長さの剣を使えるので、剣さばきが非常に細かいですね。
だからこそ、剣の長さは非常に重要です。
私がはじめて子供用の剣があると知ったのは、諒が小学4年生の頃に行ったアメリカでの海外遠征の時。当時、5号剣で試合に望んだのですが、審判に『剣が長い』と言われました。
それで3号剣を試合会場で買って試合を続けたのですが、その時まで短い剣があること自体、知らなかったんです。
当時の三宅選手がやっていた種目は”フルーレ”。
剣の長さは、1号剣から5号剣とそれぞれ分かれており、一番長い5号剣で110cm。そこから1号ごとに2.5センチずつ短くなっていく。小学校低学年だと0号剣、小学3年生以上になると2号〜3号剣が多くなる。
また、剣の重量も短くなるほど軽くなっていく。
フルーレ剣の詳しい解説はコチラから。
その試合は優勝できたのですが、当時の道具の扱いというのは、大人のものを子供が使うというのは当たり前になっていました。
それに比べると、今は様々な長さの剣が売られているので、本当に恵まれていると思います。
自ら動き、最後まで完結させる力をフェンシングで学んで欲しかった
自分で言ったことは最後まで責任とりなさいと。自ら能動的に動いたものは、自分で完結させるということを学んでほしかったです。
今だかつて、辞めたいと言ったことはありませんが、フェンシングは戦う中で駆け引きがあり、勝つことも負けることもある中で、やり抜くことができれば最後まで勝ち抜けられると思うんです。
やり抜くということは、勝ち残っているということ。であれば優勝までいくだろうと。諒は結果としてメダルが獲れた。
ただ、そのためには”自分の理論”がしっかりしていなければいけません。
諒も当時は私と練習していたので、フェンサーの中では上手いと言われる人間であったと思うし、自分の意思をどうやって相手に伝えるか。それを再現するためには、相手の要求すること、自分の要求すること、相手に要求してやったことに対して、自分が答えを出すという能力が、自然と訓練できたのではないかと思います。
また、これまでのフェンシング界というのは、先輩のいう通りにやって後輩に伝えていくということが続いていましたが、私はフェンシングをしていなかった分、素人ながらに目一杯考え、結果、息子が世界を獲ってくれました。
結果論ですが、自分のやってきたことは間違っていなかったと確信しましたね。
だからこそ、何にも縛られずに自分の頭で考えながら、フェンシングのレッスンビデオを見ていました。
その時に気になったのは、なぜ欧米人がマルシェやロンぺから始めるのかということ。要するに彼らも、そこから始めなければいけない理由があったわけです。欧米人というのは靴の文化があり、日本人は草履や下駄の文化だったので、まず歩き方から違います。
日本人はすり足なんです。それに比べて欧米人はかかとから着地する。
根本から違うわけです。そうなると訓練しなければいけないので、欧米人の3倍は練習しなければいけないだろうと思いました。
外国人は、自分の体にあったトレーニングをしています。私がその当時見ていた海外のレッスンビデオでは、つま先を上げるために、マスクに足をひっかけ、蹴り上げて自分の手でキャッチするという練習もありました。
日本人である私たちがそれらを真似するには、彼らの倍、練習しなければならなかったのです。
”予備動作”という概念
予備動作というのは、簡単に言えば「無駄な動き」のことです。
例えば、剣で相手を突きに行く際、そのまま腕を伸ばせばいいところを、腕を引いてしまったとします。この引いてしまう行為が予備動作です。
同じスピードで突きあうとすれば、この予備動作をしている方が負けてしまう。だから私が海外からビデオを取り寄せて研究していたのは、いかに“予備動作”を無くすかということなんです。
実際、さっきのマスクを蹴り上げるトレーニングにおいても、ビデオでは後ろに引いて蹴り上げてはいませんでした。これが予備動作を無くすということです。
子供にフェンシングを習わせる上で苦労したのは、”海外のレッスンビデオを見続けた”こと
当時、諒が小学3年生で、フェンシングを始めてから3年が経過していたのですが、この競技の本場である海外ではどんな練習をしているのだろう、何故そんな練習をやってるんだろうというのが気になっていました。
そこで海外のレッスンビデオを取り寄せたのですが、本当に見ていて退屈でした。そのビデオを3ヶ月間、毎日その1本を見続けていましたが、子供がフェンシングをやっていなかったら絶対に続きませんでしたね。
私自身にそうした意識はありませんでした。
自分で意識していたのは、「最初からきちんと基礎動作をやっておきさえすれば、いい先生についてもらった時に、形を直されずに新しい技をちゃんと教えてもらえるだろう」ということです。
変な癖がついていると、直さなければいけない分、時間の無駄が生じてしまいます。ならば時間がかかってもいいので、最初からきちんとした基礎を身につけることこそが重要だと考えました。
根底である基礎の部分がしっかりしていれば、先生から教えてもらう際、応用の技術を学んで、それが自分にあっていなければ”基本通りの状態(ゼロの状態)”に戻すことができるからです。
ゼロに戻して、また新しい応用技を教えてもらえば、無駄なくおかしな癖を覚えることもありません。
この考えを私は”ゼロ理論”と呼んでいます。
新しい技術を学んで、その時だけ強くなっても意味がありません。大切なのはもっと先のことを考えて、いいコーチに教えてもらう時に無駄なく技術を吸収できる地盤を作ることなんです。
だからこそ”なぜ基礎をやらなければいけないのか”という目的意識をしっかりもつことが大切ですね。
基礎のやり方も独特でしたから。
子供によく言っていたのは、フェンシングの必殺技でスタンダードになったものはない、ということは破られている(攻略されている)んだと。それでフェンシングのスタンダードな技(基礎の突きなど)って何百年も続いているんですね。ということは一番強いじゃんと。
ようするに何百年もやってきた技が、今もやっているということは一番強いんだと。
そんな考えができるのは、私が素人だからなのだと思っています。
先輩に言われたことがないので、自分の発想方法がなんでこんなことなのだろうって、まず疑問から始まるので。
50歳からフェンシングを始めて、競技の感覚がない分、頭から体を動かすことを命令しなくてはいけません。
体を動かすために頭で命令するということは、頭でイメージを作って、そこから訓練で筋肉を覚えさせて筋肉が自然に動くように訓練していけばいいんだなと考えたわけです。
そうすると、予備動作をなくすためにはどうすればいいのかというところにつながっていくわけです。
例えば、才能ある人間がひどいコーチに会ったらどうでしょう。実力は伸びませんよね。
だから才能ある人間が良いコーチに会うっていうのが、一つの”運”なんです。
本記事の後編・三宅正博氏が語る『フェンサーの親が心がけなければいけないこと』のインタビュー記事はコチラ