メダリストを育てた親の目線で語る「子供にフェンシングを習わせる親が心がけておくべきこと」【前編】

三宅正博氏

『将来はオリンピック選手になって、メダルを獲得して欲しい』

子供にフェンシングを習わせたい、もしくは習わせている人の中には、そう願う方も少なくないだろう。

2012年のロンドンオリンピックにて、銀メダルを獲得した三宅 諒選手(以下、三宅選手)の父、正博氏は『子供がフェンシングに興味をもったら、本人と親の覚悟が必要になります』と語る。

メダリストを育てた裏では、どのような苦労があったのか。正博氏の体験談を交えながら、子供にフェンシングをさせる時に意識すべきことについてお話しいただいた。

この記事は2019年12月に行ったインタビューを元に作成している。本来であればもっと早い段階で公開する予定だったが、筆者の都合によりこの時期に記事として出すことになった。

きっかけは子供がフェンシングをやりたいと言い始めたことだった

前田
本日は貴重なお時間をいただきまして有難うございます。早速ですが、三宅選手がフェンシングを始めた経緯について教えてください。
正博氏
諒がフェンシングを始めたのは、幼稚園時代に通っていた水泳教室を辞めたいと言い始めた時です。その水泳教室は当時ダイエーの中にあったカルチャー教室の一つで、他のカルチャー教室のサンプルを見ていく内に、息子がフェンシング教室を見つけてやりたいと言い始めたんです。

だから動機としては水泳を辞めるのが理由だったんですけど、フェンシングって何かよくわからない時代だったから、最初はダメだと言いました。

しかし、諒がそこから半年間『フェンシングやりたい!』って言い続けたんです。じゃあわかったと。”始めたら辞めさせない”という条件つきで、始めさせることにしました。

三宅正博氏

三宅正博氏

前田
道具は最初から買われていたのですか?
正博氏
いえ、最初は教室で借りていました。途中からどんどん買い揃えて行った感じですね。
前田
始めてからどのくらいで買われましたか?
正博氏
かなり前なので正確には覚えていないですが、1年もしないうちに全ての道具は揃えたと思います。その時に感じたのは”道具を買わなければ子供は強くならない”ということです。
前田
確かに強くなろうと真剣にやっている子ほど、必要な道具を買い揃えている印象があります。自分の道具でなければ身が入らないということでしょうか。
正博氏
身が入らないというよりは、親が子供に協力していないということになるんです。私の場合は子供に覚悟を持たせてフェンシングを始めさせましたが、同時に親も覚悟をもたなければいけないと思ったんです。子供が道具を必要としているのであれば、どんどん買い与えるのが親じゃないかなと。

昔と違って、今のフェンシング界は道具に恵まれている

正博氏
あと思うのが、最近は道具がしっかりしているということですね。例えば私が子供にフェンシングをやらせていた頃は、大人用の長さの剣(5号剣)しかなかった。今でこそ子供用の長さである2号剣、3号剣とありますが、当時の日本では大人用の剣しか無かったんです。これの何がきついかというと、子供が大人用の剣を持つと”重い”ということです。

剣が重いと、子供が剣を扱いきれずに大きく振ってしまうため、細かな剣さばきができません。それに比べて今の子たちは自分に適した長さの剣を使えるので、剣さばきが非常に細かいですね。

だからこそ、剣の長さは非常に重要です。

私がはじめて子供用の剣があると知ったのは、諒が小学4年生の頃に行ったアメリカでの海外遠征の時。当時、5号剣で試合に望んだのですが、審判に『剣が長い』と言われました。

それで3号剣を試合会場で買って試合を続けたのですが、その時まで短い剣があること自体、知らなかったんです。

当時の三宅選手がやっていた種目は”フルーレ”。

剣の長さは、1号剣から5号剣とそれぞれ分かれており、一番長い5号剣で110cm。そこから1号ごとに2.5センチずつ短くなっていく。小学校低学年だと0号剣、小学3年生以上になると2号〜3号剣が多くなる。

また、剣の重量も短くなるほど軽くなっていく。

フルーレ剣の詳しい解説はコチラから。

前田
アメリカにはあったんですね。
正博氏
アメリカにはありました。日本は遅れていたと思います。

その試合は優勝できたのですが、当時の道具の扱いというのは、大人のものを子供が使うというのは当たり前になっていました。

それに比べると、今は様々な長さの剣が売られているので、本当に恵まれていると思います。

自ら動き、最後まで完結させる力をフェンシングで学んで欲しかった

前田
当時は三宅選手に、どのようなことを学んでほしかったですか?
正博氏
重要だったのは”始めたら辞めさせない”ということ。

自分で言ったことは最後まで責任とりなさいと。自ら能動的に動いたものは、自分で完結させるということを学んでほしかったです。

前田
本人にはフェンシングを通して、最後までやりぬく力を学んで欲しかったということですね。
正博氏
そういうことです。

今だかつて、辞めたいと言ったことはありませんが、フェンシングは戦う中で駆け引きがあり、勝つことも負けることもある中で、やり抜くことができれば最後まで勝ち抜けられると思うんです。

前田
最後までやり抜くことが、成功に繋がると。
正博氏
言ってしまえば、『最後まで勝ち残った者が正義』という考え方と同じです。

やり抜くということは、勝ち残っているということ。であれば優勝までいくだろうと。諒は結果としてメダルが獲れた。

ただ、そのためには”自分の理論”がしっかりしていなければいけません。

諒も当時は私と練習していたので、フェンサーの中では上手いと言われる人間であったと思うし、自分の意思をどうやって相手に伝えるか。それを再現するためには、相手の要求すること、自分の要求すること、相手に要求してやったことに対して、自分が答えを出すという能力が、自然と訓練できたのではないかと思います。

前田
最後までやり抜くというところで、三宅選手が最後まで辞めたいと言わなかったのは、両親が一生懸命だったというところも大きな要因だったのではないでしょうか。
正博氏
そうですね。先ほどお話しした、”道具を買わない親だったらその子は強くならない”という考えと同じで、親の一生懸命さというのは必要だと思ってます。私も親としてできうる限りのことはしたと思っているし、強くなるためには道具の購入も惜しみませんでした。

また、これまでのフェンシング界というのは、先輩のいう通りにやって後輩に伝えていくということが続いていましたが、私はフェンシングをしていなかった分、素人ながらに目一杯考え、結果、息子が世界を獲ってくれました。

結果論ですが、自分のやってきたことは間違っていなかったと確信しましたね。

前田
フェンシング界に浸かっていなかったからこその強みがあったということですね。
正博氏
フェンシング界というよりも、体育会系・高体連など、先輩後輩の縦社会が続いてきたことが私は一つの弊害だと考えたのです。

だからこそ、何にも縛られずに自分の頭で考えながら、フェンシングのレッスンビデオを見ていました。

その時に気になったのは、なぜ欧米人がマルシェやロンぺから始めるのかということ。要するに彼らも、そこから始めなければいけない理由があったわけです。欧米人というのは靴の文化があり、日本人は草履や下駄の文化だったので、まず歩き方から違います。

日本人はすり足なんです。それに比べて欧米人はかかとから着地する。

根本から違うわけです。そうなると訓練しなければいけないので、欧米人の3倍は練習しなければいけないだろうと思いました。

前田
それで、三宅選手に自宅の廊下でマルシェ、ロンぺの練習をさせていたんですね。イメージされていたのは、日本人特有のすり足などでしょうか?
三宅選手は小学生時代、正博氏の指導により、フェンシングの基礎動作であるマルシェ(前進)、ロンぺ(後退)を自宅の廊下で毎晩繰り返し練習していた。
正博氏
いえ、すり足などは練習しなくても日本人はできるので、諒には欧米人のマルシェ、ロンぺを重点的に練習させました。

外国人は、自分の体にあったトレーニングをしています。私がその当時見ていた海外のレッスンビデオでは、つま先を上げるために、マスクに足をひっかけ、蹴り上げて自分の手でキャッチするという練習もありました。

日本人である私たちがそれらを真似するには、彼らの倍、練習しなければならなかったのです。

”予備動作”という概念

正博氏
フェンシングにおいて重要なのは、いかに”予備動作”を減らせるかにかかっているといえます。

予備動作というのは、簡単に言えば「無駄な動き」のことです。

例えば、剣で相手を突きに行く際、そのまま腕を伸ばせばいいところを、腕を引いてしまったとします。この引いてしまう行為が予備動作です。

同じスピードで突きあうとすれば、この予備動作をしている方が負けてしまう。だから私が海外からビデオを取り寄せて研究していたのは、いかに“予備動作”を無くすかということなんです。

実際、さっきのマスクを蹴り上げるトレーニングにおいても、ビデオでは後ろに引いて蹴り上げてはいませんでした。これが予備動作を無くすということです。

子供にフェンシングを習わせる上で苦労したのは、”海外のレッスンビデオを見続けた”こと

前田
子供にフェンシングを習わせていて、特に苦労されたことについて教えてください。
正博氏
フェンシングを学ぶために、海外からレッスンビデオを取り寄せ見ていた時ですね。

当時、諒が小学3年生で、フェンシングを始めてから3年が経過していたのですが、この競技の本場である海外ではどんな練習をしているのだろう、何故そんな練習をやってるんだろうというのが気になっていました。

そこで海外のレッスンビデオを取り寄せたのですが、本当に見ていて退屈でした。そのビデオを3ヶ月間、毎日その1本を見続けていましたが、子供がフェンシングをやっていなかったら絶対に続きませんでしたね。

前田
では、子供をサポートしてあげたいという気持ちが強かったわけですね。
正博氏
そんな格好いいものではないんです。私がビデオを見ていたのは、親として子供がやっているスポーツを解らないのが嫌だったからです。練習を見ていても指導者がなぜそうしたことを教えているのか、何を目的として教えているのかを知りたかった。そのために海外からビデオを取り寄せて、何のために、なぜこうした練習をしなければいけないのかを学んでいました。
前田
では三宅選手は、当時から”理論立てて考える”ということを、三宅先生を通して学んでいたというこということですね。
正博氏
そうだと思います。諒も私の言葉をよく使っているので。
前田
フェンシングでは、自分なりの理論を考えることが、フェンシングスタイルに反映されるため、強くなることに直結してきます。三宅先生を通して”理論立てて考える”ことを学んでいた三宅選手は、強くなるための意識もしやすかったでしょうね。
正博氏

私自身にそうした意識はありませんでした。

自分で意識していたのは、「最初からきちんと基礎動作をやっておきさえすれば、いい先生についてもらった時に、形を直されずに新しい技をちゃんと教えてもらえるだろう」ということです。

変な癖がついていると、直さなければいけない分、時間の無駄が生じてしまいます。ならば時間がかかってもいいので、最初からきちんとした基礎を身につけることこそが重要だと考えました。

根底である基礎の部分がしっかりしていれば、先生から教えてもらう際、応用の技術を学んで、それが自分にあっていなければ”基本通りの状態(ゼロの状態)”に戻すことができるからです。

ゼロに戻して、また新しい応用技を教えてもらえば、無駄なくおかしな癖を覚えることもありません。

この考えを私は”ゼロ理論”と呼んでいます。

新しい技術を学んで、その時だけ強くなっても意味がありません。大切なのはもっと先のことを考えて、いいコーチに教えてもらう時に無駄なく技術を吸収できる地盤を作ることなんです。

だからこそ”なぜ基礎をやらなければいけないのか”という目的意識をしっかりもつことが大切ですね。

前田
なるほど・・・。では三宅選手が試合の時にやっていると言われる「相手がよい技を使ってきたら、そのまま真似して返す」という離れ技も、それだけ理論だてられた基礎があったからこそできたことだということでしょうか。
正博氏
もちろん本人の才能もあるでしょうが、ただ基礎があるから、その才能が活かせるんです。
前田
私も世代が被っていたので、三宅選手のことはずっと見てきましたが、そんな私から見ていて三宅選手は怪物なので、どうやったらこんな怪物が出来上がるんだろうとずっと疑問に思っていたのですが、すごいレベルの基礎練習をやっていたんだなと、今になって解りました。
正博氏
諒もテレビで言っていましたが、「毎晩廊下を歩くんですよ。楽しいわけないじゃないです か。」って。そんな世界で練習をやっていたんです。

基礎のやり方も独特でしたから。

前田
なるほど。以前フルーレの日本代表選手が、”完成されたフェンシングスタイルはそこから成長することはない”と言っていたのですが、三宅先生が実践されたのは、それとは対極にある”なんにでもなれるフェンシングスタイル”つまり基礎ですね。それを培ったからこそ、本人の才能をいかんなく発揮できたのかなと。いわば”基礎という名の武器”とも言えますね。
正博氏
そうです、基礎が一番強い。

子供によく言っていたのは、フェンシングの必殺技でスタンダードになったものはない、ということは破られている(攻略されている)んだと。それでフェンシングのスタンダードな技(基礎の突きなど)って何百年も続いているんですね。ということは一番強いじゃんと。

前田
歴史が長いからこそ強いと。
正博氏
そうです。

ようするに何百年もやってきた技が、今もやっているということは一番強いんだと。

前田
今まで聞いていて思ったのが、三宅先生の理論は「フェンシングの”起源”にまでさかのぼっているな」ということです。
正博氏
発想方法はそうですね。

そんな考えができるのは、私が素人だからなのだと思っています。

先輩に言われたことがないので、自分の発想方法がなんでこんなことなのだろうって、まず疑問から始まるので。

前田
三宅先生の言葉でいえば、「素人だからこその強み」ともいえるのでしょうか。
正博氏
素人だからこそ、考えなければいけませんでしたからね。

50歳からフェンシングを始めて、競技の感覚がない分、頭から体を動かすことを命令しなくてはいけません。

体を動かすために頭で命令するということは、頭でイメージを作って、そこから訓練で筋肉を覚えさせて筋肉が自然に動くように訓練していけばいいんだなと考えたわけです。

そうすると、予備動作をなくすためにはどうすればいいのかというところにつながっていくわけです。

前田
なるほど、私のようなフェンシング業界にずっといた人間では考えつかない方法ですね。
正博氏
私が実行していた練習で、諒が言っていた言葉なのですが、「こんな細かいところを気にしているのはお父さんだけだ。でも自分はついていく。」って言ってくれたんですよ。
前田
お話を聞いていると、親子の二人三脚がいかに重要かを思い知らされます。
正博氏
難しいのが、子供がフェンシングを強くなるためには”運”も必要になってくるということです。

例えば、才能ある人間がひどいコーチに会ったらどうでしょう。実力は伸びませんよね。

だから才能ある人間が良いコーチに会うっていうのが、一つの”運”なんです。

本記事の後編・三宅正博氏が語る『フェンサーの親が心がけなければいけないこと』のインタビュー記事はコチラ


【筆者主宰】騎士のスポーツ、フェンシングを始めませんか?

フェンシングというスポーツを知っていますか?

最初にイメージするのは、中世の剣士たちが繰り広げる激しいバトルだと思いますが、そのバトルをスポーツにしたものが、このフェンシングです。

剣をつかっているので、”チャンバラごっこ”に近いとも言われ、普段やりすぎると怒られるチャンバラごっこも、ここではやった分だけ褒められます。さらに、フェンシングは別名”筋肉を使ったチェス”とも言われており、相手の裏をかく戦いをすることから、頭を使う練習にも最適です。

墨田フェンシングクラブでは小学生から大学生までを中心に、全国トップクラスの実績を持つコーチが、フェンシングの指導を行っています。

あなたも、剣をつかった特殊なスポーツで、非日常を感じてみませんか?


ABOUTこの記事をかいた人

1989年生まれ、愛知県出身。中学から大学までフェンシング選手として活動し、高校で全国7位、大学時代には全国4位に入賞(両方とも種目はエペ)。現在はWEBメディアの編集者として、記事の執筆、編集などを行っている。プライベートでは墨田フェンシングクラブの代表を務め、子供から大人まで幅広い世代を指導するコーチとして活動している。