フェンシングをするうえで最も重要なことは何か?
それは”楽しむこと”だ。フェンシング業界全体を見渡しても、この理屈が変わることはまずないだろう。
しかし、フェンシングで強くなって結果を出したいということであれば、もう1つ重要視しなければならないことがある。それは”自分で率先して考える力を育む”ということだ。
フェンシングは、別名”筋肉を使ったチェス”と言われており、試合で勝つには、相手の思考を読んで、それに対して自分の攻撃を成功させるためのプランを実行する必要がある。しかしそのプランを実行するためには、常に自分で戦略を考え、判断する力を身につけておかなけければならない。
”コーチが言っていることをそのまま実践すればいい”という考え方もあるが、コーチがいいと思った戦略が、そのまま選手に当てはまるとは限らない。
さらに言えば、受け身でフェンシングをしていると、自分の個性を生かしたスタイルを生み出すことも難しい。それは今後、強くなるかどうかにもつながってくる。
つまり、最終的には自分で考え、判断しなければ、フェンシングで勝つことはできないのだ。
その考えから、選手が自主的に考えられる指導方法を取り入れている練習場がある。
東京都新宿区にある『サマディフェンシング倶楽部』だ。
同フェンシング倶楽部では、選手が主体的に練習に取り組めるよう、指示をある程度出しがらも、どうするかの判断は選手に一任している。これは、自分の行動に責任をもたせることで、他人のせいにせず、どうすればいいかを考え、実行する決断力を選手に培わせる目的があるのだという。
『どんな人にも理解できるよう、わかりやすく教えていきたい』
そう語るのは、サマディフェンシング倶楽部でメインコーチを務める加藤 宙(ひろし)氏だ。
加藤氏は、フェンシングの強豪、法政大学で選手として活躍し、引退した後は、法政大学フェンシング部や、クラブチームで選手を指導するコーチとして活躍してきた。
その加藤氏が、フェンシングを通じて伝えたいこととは何か?
今回、ご本人に直接お話しを伺うことができた。
目次
サマディフェンシング倶楽部、立ち上げのきっかけと、コーチ就任の経緯について
きっかけは北京オリンピック、太田雄貴さんが銀メダルをとり、フェンシングの認知度が上がり始めたことで、サマディヘルスクラブがフェンシングをやりたいと言ったのがそもそもの始まりです。
当時、サマディヘルスクラブから日本フェンシング協会宛てに連絡が入り、協会の中で誰かやれそうな人はいないかということで、当時、フルーレのナショナルチームを引退したばかりの選手に白羽の矢がたちました。
それからサマディフェンシング倶楽部(以下、サマディ)が発足し、その選手をメインコーチとしてクラブの運営をしていたのですが、発足から4年ほどでメインコーチが結婚し、育児に専念しなければならなくなったので、後任を探さなければいけなくなりました。
その時、他のクラブチームでコーチをしていた私に、サマディ関係者から『うちでコーチをやらないか』とお話しをいただいたんです。
当時は東京オリンピックが開催されることが決まった年で、将来クラブチームをもつことが夢だった私は、大学の先輩が運営するクラブチームで、臨時コーチとして運営のお手伝いをしていました。
そこにサマディの関係者が練習に来ていて、その話をされたんです。
それからサマディへ見学にいき、コーチとして練習に加わってから、今に至ります。
1年半から2年くらい、正式なコーチがいない状態で運営されていたので、託児所みたいになっていました。
コーチの人達も注意はするんですが、当時は年配のコーチが臨時で指導していたこともあって、孫みたいに甘くなるというのと、他の練習場から応援にきていたコーチが大半だったので、どこまで厳しくやっていいのかわからなかったみたいなんです。
そうした状況だったので、来たときは本当に驚きました。
人の話を聞く子はほとんどいなかったので、そういうところから改善していきましたね。
でもそれをしないと、何が危ないかっていうと、ケガや事故につながるんです。
特に剣って危ないじゃないですか、もし目にぶつけましたとなったら、最悪失明とかにもなりかねない。
それをさせない為にも、ルール付けをして、最初は厳しくする必要があったんです。
ジュニアスクールについて
フェンシングという競技を、純粋に慣れ親しんでもらうということをメインにやっています。
なので、最初から厳しいトレーニングはしていません。
もちろん、『この試合はきつい大会ですよ』とか、説明もしますが、実際に試合に出ることで、もうちょっと頑張ろうとか、親としても、もっと頑張らせたいとか、色々と出てくるものなんです。
それから、『ステップアップするためには、辛いけどこういうことをやらなければいけない』とアドバイスをして、選手の成長を促しています。
中には『正直、試合に出なくてもいいや』っていう子もいます。フェンシングを純粋に楽しんでいるので、そういう場合は、よりフェンシングを楽しんでもらえるような指導をしています。
人にもよると思いますが、強くなることを強要しても、多分あわないと思うんです。ですから、フェンシングにどのような姿勢で臨むかは、基本的に親御さんも含めて、本人に決めさせるようにしています。
その中で”勝ちたいです”と、意識の高い人たちを、一般の方の練習(平日、夜)に入れて、技術的なこと、専門的なことをメインに指導しています。
種目はエペに特化させていますね。
そこからステップアップして、専門的なことを教えたり、あとはメンタル的なところも教えたりして、意識づけさせていきます。
やはりステップを踏んでいかないと、呑み込めないですから。
いきなりきついことをやっても、「こんなこと望んでない」ということにもなりかねませんからね。
ただ、私も最初から今のような指導ができたわけではないんです。
サマディに来たばかりの頃は、強くなるのが当たり前だと思っていて、大学の一部リーグやナショナルチームで学んだ練習を、負荷を抑えた形で教えていたんです。でも「そうじゃないんだ」って辞めてしまった子もいましたし、クレームとまではいきませんでしたが、生徒と意思疎通できななかったこともあったので、そこは自分勝手なところがあったと反省し、悪いところを見直していきました。
『こういう風にしていった方がいいかな』と。
そうですね。
やっぱり楽しいことが大切だなと思って、今の形に落ち着きました。
楽しくないと続かないですから。
あと、フェンシングって道具代が高いじゃないですか。それですぐに辞めてしまうと、生徒の親御さんも辛いと思うんです。
だから体験レッスンの際にお子さんには、いろいろと体験してもらいながら、親御さんにも初期投資が結構かかることを念を押して伝えています。
それで上を目指そうと思ったら、きついことも出てきますし、もちろんお金もかかってくるので、それをどれだけ我慢できますか?と。
フェンシングはメジャースポーツではないので、どこでもできる競技ではありません。それに指導者によって教え方も違うので、軽い気持ちで始めるのは、オススメできないんです。
練習の様子について
効果は最終的に結果論になってしまいますが、目標とか目的意識をもたせて練習をさせてあげた方が、集中して練習してくれるので、結果を出すことも大切ですが、自分のやることに集中させてあげることが一番の目的ですね。
試合が多分一番わかりやすいんです。 子供達からすると『来週試合ですよ、今ふざけて試合やってて勝てる?』って言ったら『やばい、ちゃんとやんなきゃ』って思うんです。
練習で集中できないと、試合でも集中できないですから。
それがうまくいいプレッシャーになってくれた子供たちは、結果を出してくれています。
逆に練習に集中できなかった子には、気持ちも結果もついてきませんから、『あの時ちゃんと練習してなかったでしょ、だから負けたでしょ、ちゃんとしたら良かったんじゃないの』といった指摘をします。
失敗を失敗のまま終わらせないために、その子が前進できるような形に繋げてあげることが重要だと思っているからです。
フェンシング初心者の方へ教えていること
後は、先ほどもお話した『少なからずお金がかかるスポーツ』なので、親御さんには気軽なものではないんですよということを必ず伝えています。
なぜかというと、これから頑張っていこうとか、成績とか結果を求めようとなった時に、親御さんの支援なしでは、それができないスポーツだからです。
ですので、メジャースポーツに比べると、かなりバックアップしなければいけないですということはしっかりお話ししています。
これは今年から変えました。
フルーレはやっぱりルールが難しいんですよ。理解できないんで、そこでストレスが溜まってしまうんです。
子供達の練習でも、『今突いてるのになぜ僕の点数じゃないの?』といったこともまま起こります。
それを一番シンプルなルールで、突く場所はどこでもいいですよ、突いたら点数ですよっていうほうがよっぽどのびのびとできますからね。
とりあえず、まずは”突く”ことと、ファンデブ(アタックをする際のモーション)などの動作を、しっかり覚えてもらいます。
それにフルーレの動作も、エペと一緒じゃないですか。動作は一緒なのに、フレーズ(攻撃権)が全てを邪魔してしまって、動作よりもフレーズに意識がいってしまうので 、基礎動作がなかなか身につかないんです。
ルールの方をまず頑張って理解しようとすると、すごい中途半端な状態になってしまうので、最初はエペからやってもらっているんです。
もちろん、マルシェ(フェンシングでいう”前進”を意味する言葉)とかこうだよって、一通り教えてからですが。
多分、体験に来ている子たちって、実際の剣でつつきあいをしたいと思うんです。だから、すぐにファイティングをしてもらっています。
それから感覚で楽しかったかどうか、続けられそうかを判断してもらっています。
もしも、あわなさそうであれば、お金もかかるし、親御さんとしても嫌だと思うんです。今は私も子供がいる身なので、そうした親の目線からも考えるようにしています。
とりあえず、止まっているものが突けなければ、動いているものを突けるわけないですから。
ファイティングにおいては、初めて間もない子や、同じくらいのレベルかなっていう子たちとやらせています。いきなり強い子とやらせると、やっぱり実力差がありすぎるので、今から鍛えるの嫌だなと思わせてしまうんです。
だからサマディの体験は、前半クラスにしか存在しません。後半クラスでやってしまうと、実力差がありすぎて、楽しくないと感じてしまうかもしれないからです。
しかもみんな負けるのが嫌だから、多分、一本も取らせてもらえません。
まずは私が『全部でこのくらいかかりますよ』というメールを送ります。
それからお金を振り込んでもらい、私が直接ショップに買いに行きます。その方が間違いもないですし、知識もあるので、余計なものも買いません。
それに、その方が親御さんとしてもストレスにならないので、今は私が全部買ってきていますね。
あと、これとは別にシューズが必要ですね。
フェンシングシューズは高いので、バドミントンシューズなど手頃に手にはいるものをと買ってくださいと言っています。
もちろん、そうゆうのも含めて買ってくださいと言われたら買ってきます。
痛いらしいんですよね、フルーレにしてもエぺにしても。
あとはマスク、グローブ、剣、ボディコード。一応、剣とボディコードは、予備も含めて2つあった方がいいですよとは言っていますが、強制はしていません。
だから先ほど言った6〜7万くらいというのは 、1セットの値段です。
あとは先ほどお話ししたシューズと、ハイソックスを揃える必要がありますね。ハイソックスは、野球用でもサッカー用でも、なんでも構いません。
それに剣を持ち歩く際、そのまま持ち歩かないので、剣ケース(980円〜)も追加で買ってもらった方がいいですね 。
道具のカタログは練習場に置いてありますので、他にも必要なものがあれば、プライスリストを見せて、こんな感じですということも伝えています。
これからフェンシングを始める人に知っておいてほしいこと
実はフェンシングを始めると、 焦る人が多いんです。
試合でなかなかベスト8に残れないと、いろんなクラブチームのコーチにレッスンをとってもらったりする人もいます。
ただ、基本の構えとかが固まらないうちに、他の練習場に行くと、教え方の違いから、スタイル自体が定まらなくなってしまうので、逆効果になってしまうこともあるんです。
ですのでそうした場合は、まず相談してもらうようにしています。
どうしても練習量を確保したいという場合もありますので、まずは相談しましょうと。それに対して、良い方向にいくように話し合いをしています。
加藤氏がフェンシングを通じて、伝えていきたいこと
駆け引きができるようになるということは、相手の思考を考える『読み合い』ができるということ。
一番わかりやすい例は、社会に出て仕事をしてる時ですね。やはり相手のことを考えて、気を使えるとか、相手の考えを見越して、それ以上のプレゼンをしたりとか資料を作ったりとか、そういうことができれば、フェンシングで教えてきたことが、すごく生きてくるかなと思います。
結局全部、対人間なので、フェンシングにしても仕事にしても、それを培っていってほしいんです。
ここでその勉強と言うか、ノウハウを学んでもらい、最終的に立派な社会人になってほしい。一社会人として、私はそう願います。
それで余力があれば、またクラブに戻ってきて、次の世代たちの指導を手伝ってくれると、すごく嬉しい。そこまでなれたら、私としては万々歳。
まだクラブチーム自体が浅いんで、そういう風な子達はまだいないけれど、そうなってくれたら嬉しいですね。
筆者も驚いた!生徒の今後についても見据える徹底した姿勢
今回、サマディを取材していて驚いたのは、加藤氏が生徒の今後についても相談に乗っているということだ。
現在、サマディに通っている生徒は小学生が多く、ゆくゆくはフェンシング部のある中学校に進学を希望する生徒が多いのだという。
そうした生徒たちの保護者とディスカッションしながら、学校のレベル的なものも加味し、ここがあってるのではないかとアドバイスをしているそうだ。
もちろん受験は、本人の頑張り次第なので、サマディでは勉強をないがしろにして練習することを許していない。
あくまで勉強があっての練習なので、テストの点数が下がったりとか、赤点取りましたとなったら、絶対に練習をさせないようにしているとのこと。
さらに加藤氏は、サマディで生徒を指導する傍ら、各大学、高校の監督やフェンシング部のOBとネットワークを構築し、そこの練習場に一緒に連れて行って、雰囲気を感じさせるようにもしているという。
この取り組みの根底にあるのは、「フェンシングバカにはなってほしくない」という、加藤氏の強い思いがあるのだそうだ。
筆者もフェンシングのコーチとして活動しているが、ここまで徹底したスタイルのコーチは、全国を見渡してもそういないだろう。
今後も加藤氏率いる、サマディフェンシング倶楽部の活躍に注目したい。
【クラブ名】
サマディフェンシング倶楽部
※最寄り駅・都営大江戸線、「国立競技場」駅 徒歩0分
【料金】
▼ジュニア 月11,880円/月4回
※小学校~中学3年生まで
【土曜日】16:00-17:30 低学年
【土曜日】17:40-19:10 高学年〜
▼一般 月12,960円/月4回
【月曜日】20:10-21:40
【金曜日】20:10-21:40
【お問い合わせ先】
▼お問い合わせフォーム
http://www.samadhiclub-fencing.jp/contact/
TEL:03-3478-1455