フェンシングには、『エペ』『フルーレ』『サーブル』の3種目があることを前記事『フェンシングの種目とは何か?競技者の目線から詳しく解説』にてご紹介したが、種目の中で最も解りやすいのが、この”エペ”だ。
※上記動画0:16〜0:53まで
その特徴は、『フルーレ』『サーブル』に見られる攻撃権が存在せず、先に突いた方が勝ちという極めてシンプルなルールで試合が行われるということ。
【エペのルールを簡単に解説】
・エペの有効面は体全体。(フルーレやサーブルと違い、金網のジャケットは着用しない)
・基本的に先に突いた方に得点(1ポイント)が入るが、両方同時に突いた場合は、両選手の得点となる。
・試合の予選では、基本的に5本先にポイントを取った方が勝ち。トーナメントになると15本ポイントを取った方が勝ちとなる。
・剣の長さは110cm以下、重量が770gと種目の中でも最重量級。ガードの直径は13.5cm、ガードから先端までは90cm以下。
それゆえに初心者にもわかりやすく、フェンシングの本場、ヨーロッパでは、フェンシングを始める=エペというほど主流な種目とされている。
※日本では、フルーレから始めるのが主流。
また、突いたら勝ちというシンプルなルールの特性上、剣が見えなくても、ランプさえ見ていれば、どちらの選手が勝ったか把握する事ができる。
今回は、種目の中でも初心者に一番理解しやすいエペについて詳しく解説していく。
そもそもエペとは何か?
エペは、中世ヨーロッパにて、1対1の決闘がルーツで始まった種目であり、日本で一番メジャーな種目”フルーレ”も、エペの練習から競技に発展したと言われている。
一見、簡単そうに見えるかもしれないが、上級者同士の戦いになると、間合いの探りあいや心理的な駆け引きが強まる傾向にある。
上記の動画(2020年 ドーハで開催された、フェンシング男子エペ グランプリ大会)は、フランスのリオオリンピック金メダリスト ヤニック・ボレル選手(左)と日本の山田 優選手(右)の試合だが、見ていただくと、山田選手が終始プレッシャーをかけて、ボレル選手を前に出させないようにしている。
実はこれも上級者ならではの”間合い”と”心理的な駆け引き”なのだ。
ボレル選手は、”攻め”に強いフェンシング選手で、相手を後ろに追いやって点数を重ねる『アタッカータイプ』。その真価は、プレッシャーをかけながら相手をピスト(動画内、黄色の試合場)の右奥まで後退させ、後ろがなくなったところを、その長いリーチで圧倒することで、はじめて発揮される。
※ピストの後ろ側の線を出てしまうと、相手の1ポイントになってしまう。
しかし山田選手はそれを見越して、ボレル選手が本来の実力を発揮できないよう、”カウンター”で前に出れないようにしたのだ。
山田選手は、攻守のバランスがとれた『トータルファイター』で、どのような状況になっても柔軟に対応できるところに強みがある。
この試合では、ボレル選手が前に出ようとしたところを、自身の得意技である『振り込み(剣をしならせる技)』を使い、うかつに前に出られなようにしている。
これが”間合いの駆け引き”だ。
さらに人間は、自身の思い通りに試合を運べないと、どれだけ強い選手でも苛立ちや焦りを隠せず、無意識に力んでしまうため、攻撃も中途半端になってしまう。
この試合では、序盤から中盤まで山田選手が完全に支配しており、試合後半、点数が8-11(※15点先に取った方の勝ち)になったところで、ボレル選手が試合の流れを変えようと無理やり前に行こうとするが、焦りからか、いつものようなダイナミックなアタックができず、山田選手はそれを見極め、同時突き、カウンターで点数を重ねていく。
これが相手の実力を十分に発揮させないようにする”心理的な駆け引き”だ。
結果、この試合は山田選手に軍配が上がった。
世界レベルの大会ともなると、各国のフェンサーたちは、他国の選手の得意技、どこが弱いかなどを徹底的に研究するが、山田選手はボレル選手の弱点を知った上で、前に出させない作戦を実行した。
エペではこうした相手の弱点を正確につき、間合いの探りあい、心理的な駆け引きを行う。
エペの剣はフェンシング種目の中で一番重い?
エペで使用する剣は重いか?とよく聞かれるが、実際重い。
【種目ごとの剣の重さ】
フルーレ剣(画像左):500g
エペ剣(画像中央):770g
サーブル剣(画像右側):500g
エペ剣に慣れると、他の種目の剣が羽のように感じるほどだ。
実際に競技をやっていると、もっと軽ければいいのにと思うこともあるが、競技の性質上、重くならざるを得ない事情がある。
それは”突かれたら終わり”という事。
エペは他の種目と違って、攻撃権が無い為、必然的に慎重な攻撃にならざるを得ない。また、狙われやすい前腕の部分を守る為に、ガードが他の種目と比べて大きくなっている。
エペではどのように戦えばいいのか?
少し競技者向けのお話になってしまうが、興味のある方はご覧いただきたい。
エペでは、攻め型、守り型、カウンター型に分かれており、これらのスタイルはその人の性格や性質が大きく反映される。
例えば、攻め型であれば、前腕部分から積極的に脅かし、相手が怯んだところに、アタックを入れる。
逆に守り型であれば、後ろに下がりながら相手を誘いこみ、攻撃をしてきたところを確実に絡めとる。
カウンター型は相手が攻撃を仕掛けてきそうなタイミングを見計らって、攻撃動作に入ろうとした瞬間に狙ってカウンターを叩き込む。
といった具合だ。
各タイプによって、試合の展開は異なるが、選手の性質によって、戦い方は大きく変わってくる。
エペはフェンシングの普及に貢献しうる?
エペはルールが分かりやすく、フェンシングを始める方には一番最適な種目と言える。
現在、日本フェンシング協会の会長となった太田雄貴氏も、『エペの普及がフェンシング人気の底上げにつながる』と話している。
実際フェンシング業界では、まだフルーレから始める人が多いが、筆者が指導している練習場では、選手のご家族に『見ていてもよくわからない』と言われることが少なくない。
そうしたフェンシングを実際にプレイされない方にもわかりやすいよう、エペの普及が必要だと筆者も思い立ち、この記事を書くに至った。