「これから子供にフェンシングを始めさせたいけど、右利きにすべきか左利きにすべきか迷っている。」
「ボクシングでは左利きの方が有利って言われるけど、フェンシングも同じなの?」
「右利きだけど、少しでも有利になるなら、左利きで剣を持った方がいいかな?」
以前からフェンシング業界では、こうした声がよく聞かれる。
確かに、多くの対人格闘技で左利き有利が叫ばれる中、フェンシングはどうなのかと疑問に思う方も少なくないだろう。
結論からお話しよう、『フェンシングも左利きの方が有利』だ。
その理由として、『経験値』と『距離感』の違いが大きく挙げられる。
この記事では、左利きの選手が試合において有利な理由と、その対処法、右利きか左利きのどちらにすべきかなどを、筆者の実際の経験と他の方々の声も踏まえながら、紹介していく。
これからフェンシングを始めるうえで、左利きにすべきか迷っている人。逆に右利きで、試合対策のために、左利きについて知識を深めたいという方は、是非ご一読いただきたい。
なぜ左利きが有利なのか?
前述した通り、フェンシングにおいて左利きが有利なのは『経験値』と『距離感』の違いが大きく関係している。
順番にご説明しよう。
まず『経験値』についてだが、フェンシングを含めた対人格闘技の世界では、左利きの選手が右利きの選手と比べ、人口が少ない傾向にある。筆者が所属していた大学のフェンシング部では、十数人中一人という割合だ。
そうなると、右利きの選手は、左利きの選手と練習する機会があまりないので、試合の時も戦い方がつかめない。逆に左利きの選手は右利きの選手と十分な練習ができるため、落ち着いて試合に臨むことができる。
これが『経験値』の違いだ。
次に『距離感』についてだが、左利きの選手と右利きの選手では、距離感がまるで違う。
これは足や腕の位置が左と右で違うためで、右利き同士の対戦に慣れている選手は、距離感が狂わされ、思ったようにアタックできない。
結果、受け身の戦術にならざるを得ないため、右利きとの距離感に慣れている左利きの選手にどうしても主導権を握られてしまう。
これが『距離感』の違いだ。
フェンシングにおいて、左利き有利を思わせる解りやすい実例がある。2012年にロンドンオリンピックで銀メダルをとった団体メンバーだ。彼らも4人中3人が左利きだった。
では、フェンシングをする時は、右利きであっても左利きにすべきだろうか? これについては『YES』とはいえない。なぜなら、左利きに対する対策さえ理解してしまえば、試合において左利きに勝利することも容易になるからだ。
【豆知識】左利きに対する対策
右利きの選手が左利き選手に効果的に対処するには『相手の右側に寄る』ことが挙げられる。
フェンシングをやったことがない方は、あまりピンとこないかもしれないが、左利き選手の強みは、距離感の違いもさることながら『外側からの攻撃に長けている』ところにある。つまり、横腹や肩などへの攻撃を得意とする選手が多い。
ではどうすればいいか? それは、”側面に回り込むスペースをなくす”ことだ。
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※フェンシングの攻撃の種類について
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フェンシングの攻撃では、ガードの内側からくる攻撃と外側からくる攻撃に分かれている。
内側からの攻撃は、基本『胸』と『腹部』を狙う。
外側からの攻撃は、『横腹』『肩』『背中』などを狙うことが多い。
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外側からの攻撃を成功させるには、”側面のスペース”が必要になってくる。しかし、最初のポジショニングで相手より右に寄っておけば、左利きの選手が外側に回り込むスペースがなくなるため、簡単に外側からの攻撃ができなくなる。
そうなると、内側からの攻撃にシフトせざるをえないため、内側からの攻撃を重点的に練習している、右利き選手の土俵に、自ら上がってしまうことになる。
筆者はエペという種目を重点的にやっていたが、右利きの選手がこの戦法で、左利きの格上選手を倒しているところを、何度も目撃している。
つまり、『左利きの方が有利だから、右利きであっても左利きにする』という考えは、あまりオススメできず、利き腕でやるのがベストだということ。
それでも、左利きに矯正したいということであれば、2点考えていただきたいことがある。1つは、『練習環境』。例えば、左利きの選手を教えるのが抜群に上手くて、実際の戦術から、突き方に関するノウハウが豊富にあるのであれば、そこは左利きの選手が育ちやすいということになる。
ロンドンオリンピックで銀メダルを獲得した千田健太選手も、右利きから左利きに矯正した選手だが、彼の場合も練習環境、つまりコーチである父、千田健一氏が左利きで、フェンシング選手としてのノウハウもあったため、左利きとしての環境が整っていたのだ。
※千田健一氏も左利きのフェンシング選手として凄腕で、モスクワオリンピックの代表に選ばれたほどだった。
もう1つは『拒絶反応があるかないか』。
人によっては、右利きから左利きに変えることは容易ではない。矯正で左利きにして成功する人もいるが、逆に矯正したことで弱くなってしまうこともある。
見切りとしては、まず1ヶ月〜3ヶ月、左利きでやってみて、感覚的にあわないと思ったなら、自分の利き腕に戻してあげるのもありだ。
以上2点と考えて、左に矯正すべきか検討していただきたい。
今後、左利きは有利でなくなるかもしれない
2016年に出版された、『フェンシング入門』にて、ナショナルチームのコーチを務める青木雄介先生は、左利きの優位性について次のように述べている。
”実際に、大会では左利きの選手が優秀な成績を収めることが多くありました。普段が右利きだけどフェンシングだけは左で戦うという選手もいました。ですが、フェンシングは繊細な指使いが要求される競技です。利き腕ではないほうで剣を持つと、ふとした場面で強く握り込んでしまうこともあります。また左利きの選手も徐々に増えてきたため、必ずしも『左利き選手が有利』とは言えなくなってきました。”
(日本フェンシング協会、DVDでよくわかる!フェンシング入門、株式会社ベースボール・マガジン社、2016年、29ページ)
つまり、数年前までは、左利きの選手より、右利きの選手が圧倒的に多く、練習でも左利きの選手がいる練習場は珍しかったが、現在では左利きも増えてきて、必ずしも有利とはいえなくなってきたということだ。
ただ、まだ左利きの選手が占める割合はそこまで高くはないので、今のところは、左利きの選手の優位性は揺らがない。
しかし、今後はこの常識が覆されるかもしれない。
実際に、以前ご紹介した杉並フェンシングクラブでは、左利きのジュニアフェンサーが多かった。
このフェンサーたちが大人になる頃には、今の右利きと左利きの比率は拮抗している可能性もある。そうなれば、左利きの強豪が多い、世界選手に対抗する力も、必然的に磨かれていくことだろう。
今後もフェンシング界から目がはなせない。