ある日の休日、友人4人と一緒にランチを楽しんでいた時、1人の友人が筆者にこう質問してきた。
”フェンシングの魅力ってどんなところ?”
私はすぐに”剣の駆け引きが面白いから”と答えていた。
この質問自体、長年多くの人から聞かれるだけあって、回答するのに困らなかった。それに、私以外のフェンシング選手も、大体同じ回答をしていることも知っていた。
ただ、フェンシングに携わって15年、最近になってこの答えに違和感を持ち始めている。実際に練習していると、確かに駆け引きも魅力だが、本質をついていない気がしたのだ。
そう考えるに至ったのは、2017年の某日、フェンシング場(一般の練習場)で、二人の男性の練習試合を見たのがきっかけだった。
フェンシング場ではフルーレ(オリンピックでメダルをとった種目)の練習をしており、皆一様にプレイを楽しんでいる。突いても突かれても楽しそうで、そこには決闘とは程遠いやんわりとした社交場の雰囲気があった。
そこでふと目に止まったのが、二人の男性の練習試合だ。
一人は大学生くらいの若手選手で、もう一人は知り合いの30代の選手だった。若手選手は持ち前のスピードを発揮し、相手を圧倒。途中1点を取られはしたが(5点先取した方が勝ち)駆け引きがおこることなく、一方的な展開で試合は終了した。
筆者は、知り合いの選手が自身の力を発揮する間もなく敗れ、さぞ悔しい、つまらない思いをしているだろうと思ったが、”やっぱり若い人は速いね”と満面の笑みを浮かべていた。
その時、笑顔だった理由を聞いてみると、彼はこう言った。
”満足のいく一本が突けたから”
もちろん自分より格上の選手から一本をとって喜ぶ人もいる。ただ、今回の場合はお互いそこまで実力差はない。あったのはスピード差だけで、30代の選手にはそれを補うだけのディフェンス能力があったのだ。
ただこの一言が、フェンシングの魅力に対する筆者の考え方を変えるきっかけとなった。
今回は長年フェンシングに携わり、日々、その魅力の本質について考え、導き出した答えを筆者の目線から執筆したいと思う。
この記事があまり知られていないフェンシングの魅力について知ていただけるきっかけになっていただければ幸いだ。
目次
フェンシングの魅力とは何か?
一般的にフェンシングの魅力は”剣の駆け引き”にあると言われている。選手同士の距離が詰まる瞬間や剣が交差してからの連続技に着目するというものだ。ただ、これはあくまでも観戦する人に向けたものであって、実際にプレイする人が感じる魅力は駆け引き以外にも存在する。
ここでは、実際に練習している人間の目線から、あまり知られていないフェンシングの魅力について解説していきたい。
頭を使った駆け引き
前述した通り、フェンシングの駆け引きはやはり頭脳を用いた駆け引きにあるだろう。
例えば、自分よりスピードが速い人が相手だった場合、まともに勝負しては勝ち目がない。ではどうするか?相手のスピードが自分より速いのであれば、それを利用してカウンターを狙うという戦法を使うのだ。
ただ、いきなりカウンターを狙いにいくと、相手にバレて逆にやられてしまう恐れがある。
そこで最初はあえて大げさに下がり、相手が勢い余って攻めてきたところにカウンターを合わせるのだ。
勢いに乗ってきた分、相手も途中で止まれない。まさにカウンターの餌食となるわけだ。
このように始めに罠を仕掛けておいて、自分より能力の高い相手を倒すやりとりを、フェンシングでいう”駆け引き”という。
ただ、始めたばかりの頃は、駆け引きどころではないので、相手の動きを冷静に見れるようになってから実践することをオススメする。
剣で突かれても痛くない
よくフェンシングについて「突かれて痛くないの?」と質問される事がある。
結論としては”痛くない”。
フェンシングは、対人格闘技の中でも『ダメージを受ける事がない』という珍しい特徴がある。
無論強く突かれたら痛い時もあるだろうが、その痛みは一時的なものだ。ただ、ダメージを受けないぶん、ミミズ腫れすることはあるので、気になる人は肌のケア(冷やしたり、絆創膏を貼るなど)が必要になるかもしれない。
※特に処置することなく勝手に消えるので、気にしない人も多い。
ゲーム感覚でできる(ルール設定も可)
フェンシングは基本5本勝負で対戦を行い、先に5ポイント先取した方が勝ちとなる。
その為、どちらが先に5本取れるか勝負だ!というゲーム感覚で行う人も多い。更にゲーム性を高める為に、”勝った方にジュースをおごる”や”負けた方はスクワット(罰ゲーム)”などユニークなルールを設定する人もいる。
フェンシングは言うなればテニスのシングルのように、主役は自分ただ1人。その状況下でいかに楽しむかを追求できるのもフェンシングの魅力の一つと言える。
ご高齢の方でも続けられる
フェンシングは非常にハードなスポーツだが、ゴルフやテニスと同じように、年を重ねても続けることができる。
その理由は、防具による”徹底した安全性”と、短期間で勝負がつく、”競技の特性”があるからだ。
実際に練習場に行くと、多くのご高齢の方が練習に励んでおり、東京五輪の影響もあってか、その人気は、近年さらに高まっている。
毎年実施されているシニアの世界大会でも『50歳〜59歳』、『60歳〜69歳』、『70歳以上』の部が開かれており、世界30ヵ国から700人以上が参加している。その中には、若い頃、世界的に有名だった選手も混じっている。
長くできるスポーツほど、愛着が湧くもの。何歳になっても続けることができるのも、フェンシングの魅力の一つと言えるだろう。
フェンシングの魅力、その本質とは?
ここまでフェンシングの魅力について紹介してきたが、ではその魅力の本質とは何か?それは”剣で突くことを感覚で楽しむことができる”ところにあるのではないかと思う。
フェンシング選手には、駆け引きを楽しむまでもなく、圧倒的なスピードで相手をねじ伏せる人もいれば、老獪な剣捌きでスピード差を異に介さない人までいる。
そうした人達がなぜスピード、テクニックを駆使するのか?それはひとえに”突く”ことの楽しさを知っているからだ。
実際に多くのフェンシング選手を輩出してきた筆者の恩師もこう言っていた。
「フェンシングを始める人には”突く”ことの楽しさを知ってほしい。」
ここまでだと変な風に聞こえるかもしれないが、フェンシングの”突く”ということは、野球でいうところの”ヒット”、テニスでいう”ポイント”と同じものだと考えていただきたい。
野球もテニスも相手を制してヒット、ポイントにつなげる。実際にやっていた方はその喜びをよくご存知だと思う。
フェンシングも同様なのだ。相手が繰り出す技をかわしつつ、防御を打ち崩さなければ突くことはできない。厳重な警備をかいくぐって突くことができたなら、それは野球、テニス同様、無類の喜びを覚える。
実際に太田雄貴選手をコーチングしていたオレグ・マツェイチュク氏もこう言っている。
”フェンシングでいちばん大事なことは何だと思う?突くことだ。サッカーではシュート、バスケットボールでもシュート、ゴルフではカップに入れることが一番大事。それがフェンシングでは突くこと。”
(オレグ・マチェイチュク、奇跡は準備されている、講談社、2014年、50ページ)
実際にフェンシング選手は突きが成功すると、雄叫びを上げるほど喜ぶ。
その喜びを得るための手段が駆け引きであり、フェンシングの魅了の本質は突くことにあるのではないかと思うに至った。
まとめ
いかがだっただろうか?
フェンシングの魅力は、実際にやらなければわからないところが多い。
筆者もフェンシングを始める前までは、”なんか変な構えのスポーツ”という印象であったが、実際に始めてみると、その面白さに魅了され、現在まで続けるに至っている。
機会があれば是非その魅力に触れていただき、”こんなスポーツもあるんだ”と新たな発見をしていただきたい。
その上で気に入っていただけたのなら、ライフスタイルの一部として、フェンシングを取り入れてみてはいかがだろうか。